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フォントワークスのフリーフォント、Kleeが書き物に最高

Live With Linux::fonts

フォントワークスは有名なフォントベンダーである。 サブスクリプション制のみであるため、デザイナーなどでなければあまり馴染みがない。 ただし、書体自体は特にアニメーションやゲームで見かけることが多く、多くの人が見たことがあるはずだ。 個人的には某柑橘系エロゲメーカーがスキップを使っているのが印象深い。

そのフォントワークスが2021年頭にGitHubにて8書体を公開した。 GitHubは利用規約においてパブリックリポジトリはフリーなライセンスによって許諾されなければならないことを定めており、実際これら8書体はSIL Open Font Licenseによって提供されている。

これら8書体のほとんどはデザイン向けのフォントでスクリーンフォントとして使う余地はないと言っていいが、唯一Kleeだけは実用的なスクリーンフォントとして利用可能である。 そして、実際に使ってみたところ、文章を書くのに素晴らしい適性を見せたことから、ここで記事にする。

前提として簡単にフォントに関する知識

SIL OFL

SIL Open Font Licenseはフォントに適用されるフリーなライセンスとして最も一般的なものである。 IPAフォントはこのライセンスではなく、公募によって作られたライセンスであるが(ライセンス自体の公募ではなく、弁護士契約の公募である)、既にSIL OFLがあった関係からなぜOFLにしないのかという批判が出た。

コピーレフトかつGPLと共存できないライセンスである。

スクリーンフォント

ディスプレイ上の表示に使われるフォントがスクリーンフォントである。 スクリーンフォントと印刷用フォントを別立てにしているベンダーもある。

商用和文フォントに関しては価格の高さもあり、完全にデザイナー向けの商売をしていて、スクリーンフォントとしての使用はほとんど考慮されていない。 つまり、デザイン性が高いフォントが主で、「本文フォント」と呼ばれる文章に適したフォント自体が非常に少ない。 そして、本文フォントもほとんどは画面表示はプレビューで、印刷に利用するという考え方であり、スクリーンフォントとしての最適化はあまりされていない、というより進んでいない。

スクリーンフォントはそもそも選択肢が少ないが、UD系フォントはスクリーンフォントとしての最適化がある程度なされているものが多い。 これはコンピュータ上で利用するのに適しているのではなく、デジタルサイネージなどディスプレイデバイスを用いた表示における可読性を考慮しているためである。

現代のスクリーンフォント事情

スクリーンフォントの進化が乏しく充実していない、という状況がありながら、実際にはあまり困らないという状況がある。

スクリーンフォントに進展をもたらしたのは、WindowsがMeiryoを採用したことであるが、現代においては游ゴシック体/游明朝体と源ノ角ゴシック/源ノ明朝の存在が大きい。

游ゴシック体、游明朝体はスクリーンフォントとしての利用を想定した非常に現代的な仕様とトラディショナルな造形を持つ書体で、Windows及びMacに採用されている。 游明朝体は恐らくデスクトップスクリーン上で最も可読性の高い明朝体であり、游ゴシック体もトップクラスに可読性が高い。 このようなフォントがWindows, Macに採用されていることから実質的に困ることはない。もっとも、Windowsは標準日本語フォント(sans-serif/serif)は変わらずMSフォントファミリーを採用しており、ブラウザで使おうにもいちいち設定が必要な状況であるが。

一方、それらのフォントが使えないLinuxなどの環境においても、源ノ角ゴシックならびに源ノ明朝は優れた選択肢として利用可能である。 これらはフォントベンダーであるAdobeが主導して制作されており、日本語グリフには商用フォントベンダーのイワタが協力している。 イワタはスクリーンフォントとして可読性が高いフォントをリリースしており、このコラボレーションによって制作されたフォントはスクリーンフォントとして高い可読性を誇り、Windows/Macユーザーにすら好む者がいる。

なお、WindowsにはモリサワによるUDフォントが採用されているが、こちらはやや印刷よりで考えられた書体となっている。 オフィスアプリケーションやタブレットでの利用を想定しているようだが、デスクトップスクリーンフォントとしてはあまり読みやすいとは言えない。

百聞は一見に如かず

私が現在執筆中の「スペードとメイド」第一話の冒頭部分を、L3afpadで表示しキャプチャしたものである。

源ノ明朝

源ノ明朝

明朝体としての可読性はトップクラスである源ノ明朝。 実際、書き物に利用してもかなり明瞭で読みやすい。

だが、明朝体の欠点として読むには良いが見るのにあまり適さず、繰り返し戻りながら見ていると滑る傾向がある。 私は書き物には明朝体を使用していない。

ウェイトを上げるといくらか見やすくはなるが、読むコストはさらに上がる。 明朝体の装飾が見るにも読むにも邪魔をしている感があり、UD明朝やアポロのような書体と比べてスクリーンフォントとしてはいまひとつに感じられる。

小杉ゴシック

小杉ゴシック

小杉ゴシックは商用フォントベンダーのモトヤがApacheライセンスで提供する書体である。 もともとはモトヤLシーダ W3と呼ばれていたフォントで、Android5/6に搭載されていた。

当時はLinuxで利用可能なフリーのフォントとしては圧倒的なデザインを持っていた。

実際に使ってみると、字形自体はきれいなのだが、やはりゴシックは長文では重い、ということを感じる。 見るには悪くないが、読むにはコストが高く目が滑りやすい。

W3だが太めで密度が高いのも読みづらい要因であるように感じる。

源ノ角ゴシック

源ノ角ゴシック

WindowsやMacでも人気の高いゴシック体。非常に広くとられたスペースが見やすい。

短いセンテンスに関しては読みやすくもあるが、長く読んでいると滑る。見やすいが重い。SNS程度ならいいが、小説にはさすがにちょっと。

MPlus 2

M+2

GitHub版M+フォントの、さらに新しいスタイル。

従来のM+同様にスペースを広く使うグリフデザインであり、文字のみやすさは際立っている。また、従来と比べスペース、特に行間を広くとっており、読みやすさも向上している。

だが、いささか密度が高すぎる。文章としての抑揚が感じづらく、短文でもぱっと見に意外と文が入ってこない。文意は読み取れるが正確な文を復唱することができない、という「滑っている」状態が発生しやすい。 パッと見には見やすそうなのに意外だ。

クレー

Klee One

クレーは楷書体である。 そもそもスクリーンフォントで楷書体を使う、というのは特殊な話で、楷書体自体積極的に選ぶようなものではない。

しかし、実際にはこのクレー、ものすごく読みやすい。

基本的には明朝体よりゴシック体に近い性質のフォントである。太さは一定ではないが、抑揚は相当に小さい。 教科書体とも違い、楷書体だが余計な表現は廃されている、「UD楷書体」となっている。フォントワークスは「硬筆体」と表現している。 確かに、楷書体や教科書体と呼ばれる書体でイメージされるものとは大きく違い、「硬筆体」という言い方はそのイメージを的確にあらわしているようでもある。

手書き風ではあるのだが、こんなにきれいな文字を書く人は恐らくいないので、手書きには見えない。 そして、本文フォントとして意識しているだけあり、非常に読みやすい。

クレーが読みやすい大きなポイントとしてスペーシングがある。 グリフスペース自体は正方形に近いが(クレーは日本語プロポーショナルである)、行間が非常に広く、また文字間もかなり広めのゆったりしたスペースを持つ。 抑揚が控えめで余計な装飾がないため非常に見やすく、ゴシック体のように滑るところが少ない。UDを謳ってはいないが、UDフォントとして非常に優れているように思える。

実際に読んでみるとパッと見には明朝体のような印象を受けるが、非常に読みやすいためによく見ると全く明朝体とは異なることを感じる。 小さめのフォントサイズであってもかなり読みやすく、一瞬みただけで入ってくる文字量が際立って秀でている。

クレーが書き物において優れている理由

私は「書く」行為を「読む」の延長線上で考え、「読むときに欲するフォント」で書いていた時期がある。

長い本文は書籍同様明朝体を好むため、明朝体を用い、一時期はRo本明朝新子がなで書いていた。 だが、このようなフォントで書くと筆が遅かった。特に小説では非常に遅くなった。

遅い理由として、小説を書いているときは非常に頻繁に読み返す、ということが考えられる。 小説においては表記の揺れやキャラクターの発言、設定などの一貫性を壊さないよう、いちいち確認しながら書く。 特に、ほんの少し前に書いた内容と重複したり矛盾したりすることは多いため、頭では物語の続きを考えつつ、目はその画面上の過去の文を読んでいる、ということが多い。

このとき、読むのにかかるコストが高いと物語を書くスピードに追いつかなくなって筆が止まる。 しかも、これは読むより「見る」に近い行為で、前の文章を眺めながら書いている。そして、眺めていて話が頭に入ってこないフォントを使うと、書くことに集中できずどっちも頭に入ってこなくて筆が完全に止まってしまう、ということがある。 実際、私はこれまで非常に頻繁に筆を止めて物語を読み返すということをしていた。

この点、クレーは「パッと見返したときにスッと情報が入ってくる」という点が優れており、ちゃんと書きながら直前の物語を見ていられる。 早く読める、というのは様々な点で優れた特徴となるだろう。

この可読性の高さ、文字通り「読むのが圧倒的に楽で早く、見ただけで内容が入ってくる」という点で、今までに内容な体験をした。 これまでこうした点を考慮したフォントとしてはUDタイポスが最も優れていると感じていたが(現在私はライセンスを切らしているので使えない)、それと比べても圧倒的だ。

クレーは印象として、「非常に美しい字を書く人によるペン字、あるいは鉛筆字」に近い。私は手書きで小説を書いた経験はないが、小説を書いてる気分を最高に上げてくれる。