Chienomi

「お上品な」Misskeyサーバー Stellanautの話

雑感::think

Cafe&Bar Stellanautは私が管理するMisskeyインスタンスである。

「インスタンスについて」で次のように記載されている。

このサーバーは「カフェ&バー ステラノート」でございます。

街角の片隅にひっそりと佇むMisskeyインスタンスであり、昼はカフェ営業、夜はバー営業ではございますが、カフェ営業時間中も18歳未満の方はご利用になれない、大人の方のためのお店でございます。

お客様はみな、ご立派な紳士淑女ばかりであり、こちらには一時の安らぎを求めて、あるいは大人の社交場として訪れた方たちでございます。

ロールプレイは重要ではありませんが、こちらにいらっしゃる皆様は執事(バトラー)や秘書(セクレタリー)を従えるような身分であり、皆に尊敬される存在である――という心持ちでお振る舞いくださるようお願い申し上げます。

どうぞお言葉は上品に、粗暴な振る舞いはお控えくださいませ。

キーワードは「お上品」。 ロールプレイするためのサーバーではなく、「紳士淑女としての自覚を持った振る舞いをしてね」という意味だ。

このサーバーは依然として小規模ではあるが、ありがたいことにユーザーに愛していただいているため、素敵な空気感で動いている。

そんなサーバー、Stellanautは決して、「サーバーを立てたいから、どんなサーバーがいいか考えて作りました」というようなものではない。 むしろサーバー運営はしないつもりでいたのだが、私がそうすることが世の中に資すると考えたから始めたのだ。

今回はStellanautを始め、私がなぜFediverseサーバー運営を始め、どのような考えで運営しているのかといった話をしていく。

誕生前夜の話

Cafe&Bar Stellanautは、基本的にはqouopと同じタイミングで作られたサーバーであり、その経緯としては同じようなものである。

そのタイミングというのが、Misskey.ioにユーザーが急増し始めたタイミングだ。 つまり、ユーザー登録数が10000人に迫り、アクティブユーザーが1000人に迫るような。

この時居場所を失った人のために、qouopとStellanautが誕生した。

私自身、ioのユーザーであり、オンライン300人未満くらいのときから使っていた。 大量流入で来た人とはわずかな時間の差ではあるが。 そして、ioは最初のFediverseアカウントではないが、メインのアカウントではあった。そして、毎日500ノートに迫る投稿をしていたわけだ。

そういう利用の中で、人々が無口になっていくのを見ていて、また自分が「ノートしづらくなった」と感じていることを踏まえて、ioから失われたものによって、居場所を失った人々がいるのを見た。

根本的な話として、私はすでにたくさんあるものを私がやる必要はないと考えている。 単なる奪い合いにしかならないし、私のもとへ奪ってくることに意味があるとも感じない。 皆が困っているけれど、誰も手を打たないという状況でこそ私がやるべきだと思うのだ。

そして、これは「文化的侵略」という問題について考えなければならない。

文化的侵略

文化的侵略は、「人は自身が集団であると感じるときに、土着の文化を尊重しない」ということから発生する。

自分がひとり、知る者もなく、味方もいないという状況であれば、文化や慣例を慎重に探ろうとするだろう。 だが、自身にマジョリティの感覚を持っている場合はそうではない。

具体的な例がないとなかなか想像も難しいだろう。

例えば、ある5人の集団は小麦粉とあんこの和菓子をアルティメットアンコサークルと呼んでいたとする。 集団の中の特色としてそのように呼んでいるのであれば、それはその集団に帰属した文化であると見ることができる。 しかし、ここに500人のメンバーが加わったが、彼らはそれをベイクドモチョチョと呼ぶのである。 こうなった場合、「アルティメットアンコサークルと呼ぶ」という文化は駆逐されてしまう。

しかし、ここに加わったのが1人であったとしたら、皆がアルティメットアンコサークルと呼んでいたら、たとえ「それは太鼓焼きである」と思っていたとしても、皆がアルティメットアンコサークルと呼ぶことを(自分がどう呼ぶかは別として)尊重する人が多いだろう。

別の例を考えてみよう。 利用規約で触れていることではないが、リプライを送るということが根付いているSNSインスタンスがあるとする。 そこで50人くらいのユーザーがリプライを送り合って楽しく会話していたのだが、ここに300人のユーザーが突如として流れ込んだ。 そしてその人たちはリプライを送ると(その人たちに送るのでなくても)「リプライを送るなんて失礼だ!」と非難し、誹るのである。

するとユーザーたちは、わざわざ嫌な思いをしたいとは思わないので、リプライを送らなくなっていく。 そして、流入していた層が増加を続けるならば、原住民たちは居場所を失い、追い出されてしまうのである。

こうした問題は「ゆるやかに増加すれば発生しない」というわけではないが、「急激すぎる増加が発生すると避けられない」ではある。 そして、インターネット上では行動習性と勢力意識が大きく影響する。 行動修正という面では、他の人と同調した動きをするかどうか、発信をするかどうかといったことが大きな影響を持つ。 勢力意識は、「自分の属性は社会的に認められない属性であり、同胞もいない」と考えているのであれば慎重になりやすく、自分が排撃されないためにも共存を探る方向になるが、「自分たち」という存在を大きく感じているのであればより侵略的になるということだ。

そして現実的には、インターネット上で圧倒的な侵略的勢力となっているのが「オタクを自称する人たち」である。 これを「オタクの人たち」という表現にするのは、失礼極まりないことになる。 極めて強い勢力を持っているのは、2ちゃんねるやニコニコなどの文化に対して肯定的な人たちであり、たとえ漫画やアニメ、ゲームなどが好きな人たちであっても、そうした大きな勢力となっている人たちのことは受け入れがたいという人だっているわけだ。 彼らを適切に表現できる言葉がないため、本節では「自称オタク」と呼ぶことにする。

自称オタクの勢力が強いというのは、発信型プラットフォームを作るとオタクコンテンツで埋め尽くされてしまうという問題であったりする。 イラストレーションやネットミームなどを好む層が、インターネット上のアクティブなプレイヤーの中で非常に多いため、そうした層が自分が属する文化でプラットフォームを埋め尽くしてしまう。これはMannerの話だが、日本語で「マナー」と言ったら全く違う意味に取られてしまうので難しい。

実際こうした話でいうと、私の認識の限り、ioも以前は「オタクコンテンツに分類されるようなものの中に好むものを持っている人が多いが、アニメなどを好むタイプのオタクという人は少ない」という認識であった。 だが、ユーザーが増えたことに寄って、あっという間にイラスト(特にポルノイラスト)で埋まってしまったし、どちらかというとゆるやかなチャットのような交流が主体であったコンテンツも、バズノート(特にイラスト)とリノート1という形になった。 そして、土着の文化は失われていった。

このように、小さな土着の文化は失われやすく、原住民は追われやすい。 勢力に違いがありすぎるため、なにかに連なっていない小さなコミュニティは手厚く守られていないと「風が吹けば飛んでしまう」というものだ。

居場所の問題

私がインスタンスを建てるに至った最大の要因は、ioで「ioはオタクのための――」という発現が目立つようになったからだ。 それを、まるで合意された事実であるかのように断定的に言う人で溢れたため、特にオタクではない私としては排撃されているように感じられた。

実際のところ、私がオタクを自称する人たちと距離を取りたい理由でもあるし、ファンと呼ばれることを嫌う理由でもある。 つまり、オタクである、もしくはファンであるという断定のもとに、だからこうしなければならないと何かを強いられたり、逆に何らかの了解に基づいて、それに反しているからお前はオタクではない(あるいは、ファンではない)と攻撃されたりといった経験が少なくないからだ。

だが、これは「オタクとそうではない人」などという簡単な二色の話ではない。

例えば、「インドア=陰キャ=オタク」のように記号化されているが、別にインドア派だが社交的という人だっているし、インドア派で社交的でもないがオタク趣味は特にないという人だっている。

さらにいえば、社交的でリア充と呼ばれるようなタイプの人間であっても、FacebookやInstagramが好きだとは限らない。

記号化され、決めつけられることがどの程度あてはまり、受け入れられるかということにより、居心地がいいと感じることもあれば、非常に居づらくなることもある。 属性が全く違う人がいることを受け入れられる寛容な環境であればストレスは少ないが、文化的侵略は同胞か否かということになってしまう。

結果、居場所がない、行き場がないという人が発生するわけだ。

なおかつ、文化的侵略は「染め上げる」ものなので、どれもこれも同じようなものになってしまいやすい。 だからそうなると、居場所がない、即ち行き場もないになりやすいのだ。

「居場所」のつくりかた、まもりかた

こうした居場所を失った人にとって、同じようなものがいくつあってもあまり意味はない。 そもそもそのような場合、ユーザー自体もかぶっていて、全体が狭い村にもなりやすい。

そこに問題意識を持って取り組むなら、然るに他とは明確な差異を持ったものになり、また、作った居場所を文化的侵略から守るためには、それらの「普通」から何かを取り去らなくてはならない。

私はまず前提として、インターネットに氾濫する粗暴な言動を許容しないということが必要だと考えている。 それが嫌だと思う人の居場所がそもそも少ないのだが、それ以上に人が流入すると粗暴な振る舞いをする人が増えるというのが常であるため、粗暴であることに忌避感を持つ人は「奪われる」機会があまりにも多くなってしまうからだ。

Stellanautは、完全にそこに焦点を当てたものだ。 内容や属性の問題ではなく、穏やかな心持ちと、丁寧で穏やかな言葉で交流できる、「奪われない」場を作ろうということである。

qouopに関しては、近年はTwitterでもあった傾向だが、うかつなことを言えないギスギスした空気が人の流入とともに入り込んできたという問題もあるし、そもそもMisskey.ioはそれ以前から「弱いことを言う」とか、「真面目な話をする」とかいうことにかなり適さない、言いづらいものでもあった。 それが少し人が増えて言いやすくなり、ある程度許容されるようになってきたところに、発言自体慎重にならざるをえない感じになってきたためにioとの棲み分けができる場所が必要だと考えたわけだ。

だが、qouopに関しては失敗した。 「わちゃわちゃやるのはioでできる。真面目な話や重い話ができるサブの場所が必要だ」という考えで構築したが、あっという間にそもそもioで話がしづらい感じになってしまった。

qouopは棲み分けを強く意識し、インスタンスの設定自体が特徴的なものになっている。 そのため、もとのコンセプトと異なる使い方をするのは困難であった。 サーバーの運営方針を変更した上で設定も変更すればできないことはないが、ユーザーがある程度既にいることと、一度変更すると後戻りすることはできないこともネックとなり、身動きがとれなくなってしまった。

Stellanautは割と順調にユーザーが増加したが、qouopは全く使われなかった。 必要としている人は多いはずなのだが、現在は廃止が検討される状況にある。

ただ、使われていなくても残しているのは、「既に存在していること」が、受け皿が必要になったときに極めて重要な意味を持つという理由からだ。 あまりにも使われていないため、リソースの奪い合いを考えればさすがにちょっと……となっているわけだが。

さて、「居場所を作りました、これで解決」は無責任がすぎる話である。 そもそも居場所を作ることが必要になったのは、居場所を失った経緯があるからであり、守っていくことは作ることよりも重要だ。

運営上、場を守ることで最も重要なのは、一貫性だと考えている。

もちろん、様々な要因で変化する、あるいは変更されることはありうる。 だが、追い求めていることが何かというのが変わってしまっては、もう存在している意味がないのだ。

Stellanautは利益を求める営利サービスではない。 Stellanautにとっては、「変わらぬ居場所であること」が最も不変であるべき要素なのだ。

それを守るための一貫性の実現に重要な要素というのはかなり色々あるのだが、シンプルに運営スタンスが一貫していることは、基本的でありながらとても重要だ。

人数が少ない場合、「柔軟に対応する」という名目のもと、ルールを曲げて運用することも可能だ。 だが、それが100人、1000人となってくれば皆に等しく望ましい「柔軟」などというものは存在しなくなっていく。

そうなったときに生じる「不公平」は「特定の人たちにだけ良い」ものにならざるを得ない。

ルールはルールとして一貫していることは、ユーザーとして「安心して使うことができる」につながる。

まず、ユーザー自身は、ルールを守っている限り不利益を被る扱いを受けないことが保証されていると言っていい。 判定が必要な部分は発生するかもしれないが、それが一貫して明確なものであれば、そもそも判定によってアウトになるかもしれないようなグレーを踏みに行かなければ安心して使えるわけだ。

また、ルールで禁止されていることが、ユーザーにとって禁止されていてほしいということが考えられる。 ルールによって禁止されているというのは、そのような行為が許容されないということであるから、「ユーザーが嫌だと思うことが禁止されている」ことは、言い方を変えれば「嫌なことから守られている」であるとも言えるのだ。 だから、「禁止されていることは許されないことである」もまた、ユーザーにとって安心要素になる。

だがこれが、「有名人である」とか、「管理人と友人である」などという理由で曲げていたらどうだろう? そのような不公平は不信感を生むだけでなく、安心して利用していくことができないのではないだろうか。

人数が増えてくるとこれは深刻な問題になってくる。身内ノリも結局阻害や排撃に繋がってしまう。 ユーザーとしてであれば管理者であったとしてもルールは守らなければならないという一貫性が、「この場所が続いていく」という未来に対する安心感につながっていくし、長く守っていくためには必要なのだ。

そして、ルールに対してだけではなく、公平や平等は「場を場たらしめる前提」として不可欠であるし、それが保たれるようにするためには管理者としてちゃんとやっていかなければならないこともある。 「場の維持」というのは、庭の手入れのように続けていかなければならないものなのである。

つまり、場の維持という観点では主に

  • 技術的な対応力
  • コスト問題への対応
  • モデレーションなど運営上の手順構築とスケール計画
  • サービス・運営としての一貫性と公平性

といったところにある。 始める時点でこうした点をしっかり準備・計画した上で運営しているため、特にStellanautと宇宙庭園は規模に対してかなり安定していると言えるだろう。

Cafe&Bar Stellanaut

Stellanautの特徴は、粗暴を忌避するための「上品であること」だが、それはインスタンスのコンセプトであって、それとは別に運営方針というものもある。

Stellanautはその特性上、すごくリノートがしづらい。 加えて他のインスタンスとのやりとりがローカルタイムラインに掲載されるのも厳しいものがあるため、連合の価値が低く、Fediverseにおけるメインアカウントを置くのに全く適さない。

Fediverse上にアカウントを置くという観点で言えば、別のインスタンスにそのような目的のアカウントを持った上でサブとして使うことになるし、さもなくばFediverseを意識することなくStellanautを独立した場として使う、になる。

私は普通に1日500ノートとかするタイプの人間だけれど、このようなインスタンスではインスタンスローカルで話題が盛り上がらない限りノート数はそうそう増えない。

つまり、ユーザー数の増加も、アクティビティの増加も抑制される要素を持っているため、「ごく緩やかに増加するならば極めて順調」みたいなインスタンスになる。

運営・管理に費用と手間がかかる以上、使われないのはモチベーションとしてつらいが、実のところSNSに限らずインターネット上で「粗暴を忌避できる」というのは極めてレアな価値である。 それは、粗暴に触れたくないという人だけでなく、インターネット上で見るものに疲れた人が一休みするためにも「あってほしい」ものなのだ。

そして、それは「世の中や人の流れに乗った結果疲弊する」ということでもある。 その疲弊から離れるためのものだから、Stellanautはそうした「みんながこう」というものから積極的に離れている。

例えば、Misskeyインスタンスは名前にMisskeyにちなんだもの、特に「〇〇すきー」の形になっているものが多い。 だが、StellanautはMisskey要素が全くなく、アートワーク、雰囲気、コンセプト、命名規則に至るまで、流行によって急増したMisskeyインスタンスとかなり明確に異なったものになっている。

さらにいえば、「粗暴を忌避したい」「世の中の流れから離れてホッとしたい」という感情は、趣味や関心、年齢、性別、地位や文化的背景の影響が小さく、幅広い人が持ちうる。 だから、毎日使うようなものでないとしても、多くの人にとって心の片隅に「あってほしい」ものになりうるのだ。

StellanautはなぜCafe&Barなのか。

もちろん、単純に私の経歴の問題もあるが、それよりも、Stellanautがどのような場所になろうとしたのかというのを反映したものであるという方が大きい。

自分の住んでいる街にいい感じのカフェがあるとする。 気に入っているから毎日通っている、という人もいるだろうが、気にはなるけど全然行ってないという人もいるだろう。

ではそのような人にとっては不要なものなのかといえば、そうでもない。 「休日に早起きできたら行ってみようかな」とか、「恋人が出来たらデートで行ってみたいな」とか、あるいは「考え事したいときがあったらよさそうだな」とかそんなことを思いもする。 たとえそれが実行されるときが来なかったとしても、そこ「あって」、そう望んだときに「行くことができる」ということそのものが支えになるものだ。

Stellanautは、「いつもそこにあって」「訪れることができる」場所であろうとしているのである。 まるで、そこだけ時間がゆっくり流れているかのように。

宇宙庭園

私の新しいAkkomaインスタンスが宇宙庭園だ。

これまた、かなり明確な特徴を持っている。

宇宙庭園が開園するに至った理由は、これまで私はioにメインアカウントを置いていたが、ioにいるのが嫌になったからだ。

その理由はかなり多岐に渡るが、タイムラインの事情というのが一番大きい。

私はコミュニケーションを好み、バズなどなにかに群がるような行為を好まない。まぁそれ以外にも好まないものは色々ある。 Twitterで人気を博すような言動はだいたい私の好まないところなので、私はTwitterでは1000を超えるユーザーをブロックして「平穏なタイムライン」を構築した。

しかしioには私がそのように忌避する人たちが大量に流入し、タイムラインはイラストと乱暴な物言いのノートが果てしなくリノートされる形で埋まった。 普通の発言はもはや見られることもないため、本来の目的であるコミュニケーションが発生しない。450人以上のフォロワーがいるが、リアクションされるわけでもリプライが来るわけでもなく、ただの壁打ちに過ぎないため、そのような苦痛に耐えてioに居続ける理由がなくなった。

そうした「ある一定の傾向のノートがバズって氾濫し続ける」から守るにはどうしたら良いか。 それを踏まえて、「画像投稿やリピートに制限がある」インスタンスを作った。

実は一方的な投げつけで双方向性がないという問題は結構根深くて、チャットでも対話する気のない、一方的に言葉をなげつけるだけの人というのは急激に増加傾向であった。 そのため、この制限は解決策には至らないのだが、それでもテキストでの発言であればコミュニケーションの端緒にはなりうる。 少なくともioなどに氾濫するようなサブミットはできないので、違った様相となることは期待できる。

また、制限が画像とリピートというルールは非常にわかりやすく、なおかつ明確な差別化となる。 そのため、存在価値を確立しやすく、「画像ばっかでコミュニケーションできない……」と悩んでいる人にとっては「自分に合ったインスタンス」となることが期待でき、多くの人の居場所になりやすいだろう。

ちなみに、宇宙庭園はこれまでのAkkomaの検証・開発の成果が活かされており、結構作り込まれている。

各インスタンスの特徴的な要素

前述のとおり、そもそも「こぼれる人の居場所を作りたい」という前提があるのであれば、他のイン水タンスとは明確に違う要素が必要だ。 そうでなければ「選択の動機」を薄めてしまい、人数が少ないたけで全体の層から一部を切り取ったものになってしまう。 居場所となるインスタンスは、それを選ぶ理由が持たれるようにする必要がある。

そして、既存の他と同じようなものを自分が作ることに意義を感じないという私のスタンス上、いずれのインスタンスも強い特徴を持っている。

なお、Jlinuxer Pleromaは、壊れたためにJLinxuer Socialへ移行したものなので、除外している。 Fediverse関連ソフトウェア開発用のテスト環境であり、連合していないAkkoma Resonyanceも同様。 協力しているだけで主宰しているわけではないものもだ。

Stellanaut

  • 「お上品に振る舞うこと」が要求される
  • 絵文字もインスタンスのコンセプトや雰囲気に合わせたものに限定されている
  • 宣伝禁止
  • 利用規約を確認したことを明示的に示すように求められている
  • 違反に対する運用が独特
  • 利用規約の更新に最低72時間の告知期間がある
  • サブ向け

qouop

  • ユーザー/ノートともにFediverse外に対しては非公開
  • 攻撃性のある振る舞いに対して非常に厳しい
  • 連合タイムラインとバブルタイムラインがない
  • 愚痴や吐き出しに対して特別に寛容
  • カスタム絵文字が厳選傾向
  • サブ向け

宇宙庭園

  • 画像投稿/リピートに対して厳しい制限がある
  • リモート投稿取得の長さのハードリミットが他のAkkomaより厳しい (10000文字)
  • 連合タイムラインとバブルタイムラインがない (バブルタイムラインは将来的に設定されるかもしれない)

JLinuxer Social

  • Linuxユーザー向け
  • 内容もコンピュータ/Linuxに関わるものが基本
  • 登録に招待が必要
  • ファイル送信の容量制限が厳しい

Stellanautのモデレーション

Stellanautは独特な空気感があるため、モデレーションもそれを壊さないように気をつけている。 同時に、居場所としての安定感が欲しいため、「適用は厳しいが対応は穏やか」という方向にもなっている。

Stellanuatの場合、利用規約を理解したことを表示するために、プロフィールの追加項目として「最初の一杯」を記載することとしている。 「利用規約を読んでいない」のと、「利用規約を読んだにも関わらず違反した」のは対応を変えたほうが望ましい部分なので、それを実現するための実験的な部分だ。

「最初の一杯がない」というのは、つまり「入店したけれどオーダーせずにいる人」ということになる。 利用規約を読んでいない人という概念と近似性があるのでなかなか良いと思う。

違反時、この記載があるかどうかで対応が大きく異なる。

記載がない場合は、比較的軽微な違反であっても「オーダー待ち」ロールが付与される。 これはつまり、「利用規約を読んでくださいね」いうことであり、このロール自体は「最初の一杯」を記載した時点で無条件に解除される。また、3ヶ月付与されたままになると凍結される。

「オーダー待ち」ロールが付与されている状態では、追加の違反があっても「警告」ロールが付与されることはない。 つまり、通常の警告処理からは保護される。

「最初の一杯」の記載がある場合に明確に違反すると「警告」ロールが付与される。 この警告ロールは「警告1」と「警告2」が存在し、警告3に達する状況では凍結される。

警告の加算は30日間は行われない。2 警告1の状態で30日以上経過してからさらに違反を重ねると警告2へ進む。 別の言い方をすれば、警告状態になってから警告事案での凍結までは最低でも60日の猶予がある。 また、内容的に同一の違反に対して複数回に渡って警告が付与されることもない。

3ストライク制かつ、違反に対する対応にかなり制限があるということだ。 警告状態の解除は、利用規約を確認した旨申し出ることで解除されることになっている。

ただし、この3ストライク制は、単純に警告ロールとしての3段階目だけを指すわけではなく、ウィンドウ内での違反回数を意味する。 このため、「違反→解除→違反→解除→違反」は凍結される。この場合は警告による保護は働かないため、30日間の保護も、同一内容での違反に対する保護もない。 ウィンドウは現行では解除後60日だが、ウィンドウについては明記していない。状況、というか人数とノート数に応じてかなり頻繁に変更する必要があるため、72時間の告知期間があるルールと噛み合わないからだ。

Misskeyにはモデレーションノートという機能があり、モデレーターはユーザーに対して備考の記載ができる。 これを使って違反履歴を管理している。

ロール機能としては「オーダー待ち」も「警告」も同じで、公開投稿ができなくなるというものになっている。 また、ドライブが利用できなくなるため、画像投稿なども(新たな画像では)できない。 両者の機能的な違いは、「オーダー待ち」は他のユーザーにも公開されるロールだが、「警告」は公開されないということだ。

これらの付与は静かに行われる。つまり、口頭での注意などはなく、公開投稿ができなくなることで自分で気づくことができるため、自分のプロフィールで警告処理されていることを知ることができる。 その上で最近のノートを見て、利用規約を読むということをすれば解決だ。

ロールが付与されるほど問題のある違反でない場合は管理アカウントから注意される。

Stellanautの運営としては、これらのロールが付与されることや、注意されること自体は重大な問題だとは考えていない。 文脈や状況によってうっかり違反してしまうことは、まぁあるからだ。 BANされるところまでいくようだと、それは本当に問題があるという話になる。

また、利用規約に特別禁止事項というものがあり、これに違反すると、状況や警告など一切なしにいきなりBANされる。 なにせその内容は

  • 18歳未満のサービス登録
  • 異性との出会い目的での利用
  • 住所・電話番号等の個人情報の掲載
  • 交流のないユーザーにリンクを送りつける行為
  • 当インスタンス内で動作するbotユーザーの作成
  • 日本法に抵触する行為、またはそれを扇動する行為
  • 規制を逃れるために複数のアカウントを作成または使用する行為

なので、宜なるかな。

なお、Stellanautは18歳未満禁止だが、これは法的なリスクを回避するためだ。 長期に渡って安定して運営していくことを考えると、即時閉鎖になってしまうような法律への抵触が生じる状況は避けたい。

以上のように、割と特色のある運用であり、複雑でもあるが、処置に紛れはほとんどなく、ほとんどの場合ルールに照らし合わせて確定可能である。 このような複雑な運用を採用しているのは、「(偶発的に)ルール違反をした人」と「それ以外のユーザー」の双方を保護するためである。 長く安定した居場所であり続けるために、手間であってもこうしてユーザーのリスクを低減したい。

各インスタンスの運営と体制

各インスタンスが動作しているサーバーは、基本的には共有となっている。

宇宙庭園

Akkomaサーバーであり、私のメインアカウントが置かれているインスタンスであるため、サーバーの運営としては最も安定している。 このインスタンスは今までの4つのAkkomaサーバーの運営や、テストを踏まえて構築されており、長期運用を強く意識している。 このため、プラットフォームとしては先々のことを考えてもアカウントを置きやすい。

ただ、インスタンスとしては若すぎるためルールや運用などまだ模索中。 そもそも利用規約はほとんどqouopからのコピーであるため、利用規約の書き直しが待っている。

成長中の不安定なインスタンスだが、わかりやすいコンセプトを持っているため、ブレる余地は少ない。 メインアカウントを置くのに足りるインスタンスになっていると思う。

ユーザー数増加がなく、インスタンスローカルとしては現状あまり機能していないが、私の普段使いアカウントが置かれている環境であるため、廃止はない。

Stellanaut

サーバーソフトウェア自体はMisskeyサーバーであるため、他のインスタンスと比べ少々不安定。 ただし、サーバープラットフォームはStellanautインスタンスを軸にメンテナンスされており、可能な限りAkkomaに近い水準の安定性を目指している。

特色が強いルールとその運用がうまくいっており、なによりユーザーがサーバーの空気を大事にしてくれていることから、類を見ないほど安定した運営が実現できている。

他のインスタンスよりも「居場所をつくる」という意思が強いため、運営安定性はかなり高い。 運用ルールも複雑だが厳密で、体制増強もしやすい。 サーバーソフトウェアとリソースに対する不安はあるが、最も長く継続できるインスタンスだろう。

qouop

現存する中では3最初に作られたFediverseインスタンスであり、その意味でやや不安定な面もある。 ただし、不安要素はすでに除去されており、安定性の高いAkkomaであることも相まってその気になれば安定運用が可能なものではあると思う。

ただ、問題は需要がないことだ。 ユーザーのログインや新規登録が長期に渡ってなく、やりとりが全く発生していない。 コンセプトに対する需要がなければ、廃止される見込みとなっている。

運営はかなり厳しいルール適用となっており、厳格にユーザーが保護される。 この意味でも奔放に使えるわけではないから、メインアカウント運用は困難。 主旨に適合するユーザーにとっては安心できる場所であるはずだが、かなり狭い話になるため、その意味でも「需要がないのであれば廃止」となるわけだ。

JLinuxer Social

Pleromaからのマイグレーションで壊れてしまったJLinuxer Pleromaから移行されたものであるため、これまでの知見を活かして安定運用できるように調整されている。 また、Linuxerが使いやすいよう特別な調整がされていたりもするが、このために他のインスタンスとの疎通では問題が出る可能性がある部分もある。 例えばソースコードを貼ることなどを想定し、文字数制限がデフォルトの5000よりも拡張され、20000になっているが、他のインスタンスが20000文字を受け取るかは別問題である。

現状、Open registrationではないこともあり、インスタンスのルール・利用規約というものが設定されていない。 一応、Linuxerであり、かつLinuxerとしての活動が確認できる人物であれば申請することで登録できるのだが、今のところ登録者は他にいない。

サーバールール上、JLinuxer Socialのアカウントを宇宙庭園に統合することは現実的でないことも考えると、このインスタンスも廃止は考えにくい。 ただ、私の個人インスタンスとして運営されていく可能性はある。そこは要望にもよるだろう。 つまり、まだこの先どうなるかわにからないインスタンスだ。

結び

Fediverseインスタンスを建てるのはとても容易なことだが、閉じるのは難しく、長期に渡って安定して運営していくのはより遥かに難しい。

深慮と計画なく流行に乗って建てられたインスタンスはその存続が難しく、またユーザーたちが居場所として安心していられるようにするとなればその運営には特別なノウハウも必要となってくる。

私はそのために必要なビジョンがあってこそインスタンスを建てた。 もちろん、Fediverse界隈がこの先どうなっていくかは誰にも分かり得ないことではあるが、できれば長く、人々が安寧を得られる場にしていきたいと考えている。 もちろん、その実現のためにできることはしていくつもりだ。