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キーボードのキースイッチとキーアクチュエータの基本的な話

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ネットでちょいちょい見かけるこういう意見

「打ち心地が全然違うから静電容量無接点方式でなきゃ」

だが、静電容量無接点方式のスイッチは物理的接点を持っていない、つまりキーの物理的動作には全く干渉しておらず、「静電容量無接点方式の打ち心地」などというものは存在していない。

このような誤解は、キースイッチと打ち心地を連動させたような説明で販売しているメーカーや販売店によってもたらされるものだろう。 一時期、こうしたスイッチ及びアクチュエータの組み合わせが非常に限られていた時期があり、このような時期においてはこの説明でも「だいたい合ってる」だったが、多様な組み合わせの存在する現代において、このような誤解は単純に「間違っている」のである。

そこで本稿では、キースイッチおよびキーアクチュエータという点に焦点を絞ってキーボードの仕組みを解説していこう。

キースイッチとキーアクチュエータ

基本的な前提として、キーボードというのは電気信号を発生させる装置である。 現代の一般的なキーボードはUSB接続であり、USB HID classプロトコルの電気信号をUSBケーブルに通す。

USB HIDクラスはキーボード、マウス、ペンタブレットなどとコンピュータがやりとりするためのUSBクラスであるが、ちゃんと理解しようとするとなかなか難しい。 そして、これを取り扱うのはOSであるため、ちゃんと理解する必要はほぼない。

OSによって抽象化された状態では、キーボードからは「キーイベント」が送信される。 このキーイベントは「押した」(press)イベントと「離した」(release)イベントが発生する。 キーリピートはreleaseイベントが発生せずにpressイベントが発生しつづけた場合に、pressイベントを処理するかどうかという話しになる。

キーボードはこのようなキーイベントに変換されるUSB信号を送る装置である。

そして、普通のキーボードであれば、USB信号は「キーを押している」という感知と、「キーを離した」という感知によって信号を送る。 単純に「押されている」という状態だけを認識し、「直前に押されていたキーはなにか」ということを覚えておけばこの2種類のイベントを発生させられるが、「キーを離した」ということを別途認識することでも実現できる。

キースイッチはこのような「キーの押されている状態」を判定するための機構である。

しかし、キーボードのキーというのは宙に浮いているわけではないし、スイッチを直接操作するのは操作性が悪い。 そのため、少なくともスイッチを操作するキーを固定する機構が必要であるし、単に固定しただけではスイッチは重力に従って落下して戻ってこないので、摺動機構が必要となる。

このキーを押し戻す機構がキーアクチュエータであるが、基本的にキーアクチュエータはキーを押すときに抵抗となって押し応えをもたせる役割を兼ねている。

アナログ入力

スイッチというのは2状態を切り替えるものである。

が、最近はアナログキースイッチとかいう代物が出てきている。 これは、押している「程度」を検出するものである。

デジタルセンサーで一体どうやってるんだと思うところだが、基本的にデジタルセンサーは「閾値を越えたら1」を出力するものなので、検出したものの強さをそのまま使えば程度の出力は可能である。 が、USB HIDに「キーボードのキーを押している程度」などというものは存在しないので、専用ドライバ&ソフトウェアを使うか、ゲームパッドなど別のものを模して認識させるかしかない。

また、「程度で認識」といってもメンブレンスイッチはキーストロークのうちの底付近のわずかな範囲でしか変動しないため、程度を認識したところでいかんともしがたい。 そういう意味で、アナログ入力に向いているスイッチと向いていないスイッチが存在する。

キースイッチの種類

メンブレンスイッチ

メンブレンスイッチは2枚の接点シートの間にスペーサーを挟んだ構造をしている。

接点シートは導電性インクによる印刷がなされており、2つの接点シートが接触することで電気が流れる。

単に2枚を重ねるとすべてが接触したままなので、間に接触させたい部分だけ穴のあいたスペーサーをはさんでいる。

メンブレンスイッチはスイッチそのものを押してもシートは接触し、スイッチを入れることができるが、薄いシートを押しているだけなので押し応えなどというものはほぼない。

メンブレンスイッチを直接使うタイプのものは、上面シートの上にスペーサーをもう1枚はさみ、その上に硬質な表面シートを乗せている。 カード型の電卓やパスワードカードなどがそんな構造である。 表面シートがドーム型に成形されていて、ちょっとぷちぷちするものもある。

もっと明確なクリック感を出すために、ドーム状に成形された表面シートに金属ディスクを入れる場合もある。

キーボードの場合は上にもっと複雑な機構を搭載するが、単にシートを押すための構造が上に乗っているだけの場合、シートを押すにはほぼ押し切らないといけないという欠点がある。 つまり、メンブレンスイッチを採用したキーボードでは底打ちさせて入力する必要がある。

メカニカルスイッチ (金属接点)

メカニカルスイッチは一般的にメカニカルアクチュエータに組み込まれた金属接点を指す。

つまり、スイッチとしては単純な金属接点である。 原理も、金属接点が接触することで電気が流れるだけと非常にシンプルだ。

メンブレンスイッチよりずっと原始的だが、単純な仕組みだからこそアクチュエータ側で工夫の余地が大きい。

静電容量無接点方式

静電容量センサーは、その名の通り静電容量を計測するものである。

静電容量無接点方式は、キーの動作によって静電容量が変化するようにし、それをセンシングすることで入力を検知する。

大きな特徴として、この方式はその名の通り接点がないため、打ち心地に全く影響を与えない。

また、静電容量変化を検知するものであるため、キーストロークと入力の関係をカスタマイズするのが容易である。

光学式センサー

光学式センサーと言うとなんだか複雑そうだが、要は光、明るさを検知するもの。 センサー自体が非常に安価かつ単純な構造なので、日常生活あらゆるところで使われている。

キースイッチへの応用も割と単純。 光を発する装置と光を読み取るセンサーを向き合って配置し、キー入力がこの光を遮る、あるいは透過するようにすれば良い。

単純だが精度が高く、接点がなく、損耗しづらい。

ホール効果センサー

ホール効果センサーはホール効果を利用したものである。 これ自体は高校の物理で習う(載ってるだけで習わないかも)もので、センサー自体は電圧を測定している。

ホール効果センサーの大きな特徴は磁力を利用すること、そして入力の程度を段階的に検出できることだ。

実際のところ、ゲームパッドのスティックやトリガー、あるいはマウスのスクロールホイールなどで利用されている例はあるが、キーボードでの利用は見たことがない。 もしアナログ入力キーボードに需要があるなら、そのうち登場するかもしれない。

キーアクチュエータの種類

ラバードーム

ドーム状、あるいはコーン状などのゴムを用いて、これを潰すことによる抵抗とタクタイル感を得るもの。

多くの一般的な「メンブレンキーボード」は接点シートの上に各キーがドーム状になったラバーシートを備える形になっている。

魔法のキーボードであるかのように扱われるRealForceは、キーアクチュエータとしてラバードームとスプリングを組み合わせた構造を用いる。 だが実は、押し込むときの抵抗としてはスプリングはかなり弱く、どちらかといえばラバードームの抵抗がRealForceの押し心地を生み出している。

実際、RealForceのカタログにも

タイピングに対する荷重的影響がない円錐スプリングを押し下げるだけの構造のため、ドームは荷重特性優先で設計されています。

と記載されている。

しかし、安いメンブレンキーボードのようにドームを備えた一体型のシートを敷いているのではなく、キー1つ1つにラバードームをはめこむ構造をしており、これが良好なフィーリングをもたらしていると言える。 これは、高級メンブレンキーボードでも同様である。

ラバードームを用いたキーボードには、補助的にスタビライザーや軸スライダーを持っているものや、パンタグラフを持つものなどまっすぐ安定して押せるように工夫されているものも多い。

メカニカル

機械的なアクチュエーション機構を持つ軸スライダーを組み込んだもの。

機械的なものであるため、荷重特性をカスタマイズしやすいのが特徴。実際に様々な荷重特性を持つものが存在し、大分して「リニア」「タクタイル」「クリッキー」に分類されている。

また、アクチュエーション機構全体が軸で完結しており、スイッチとの組み合わせに自由度が高いのも特徴である。 一般的には単純な金属接点が用いられ、これを「メカニカルスイッチ」と呼ぶが、光学センサーや静電容量センサーを組み合わせたものもある。

メカニカルアクチュエータにスプリングが組み合わされている場合もある。 というより、一般的に現代のメカニカルスイッチは機構として荷重特性を生んでいるわけではなく、ほぼ単純にスプリングを用いているものが多い。

マウスなどで使われるマイクロスイッチと呼ばれるメカニカルスイッチは、巻きばねではなく板バネを用いた構造になっている。

なおメカニカルスイッチのクリッキーフィールのものは一般的にかなり大きなカチカチ音が鳴るが、これは特性的にそうなるわけではなく、音が鳴る構造を含んでいるためである。

スプリング

スプリングは補助的に荷重特性をコントロールしたり、押し戻しを強めたりするのに使われることが多い。

比較的積極的に使っているのが高級メンブレンキーボードのLibertouchである。

Libertouchは、キー個別にラバーコーンを仕組んでおり、荷重の主体はこちらである。 しかし、ラバーコーンが潰れ始めるより前にスプリングが押されて縮むようになっており、押し込みはじめからスムーズかつほどよい抵抗感のあるフィーリングが得られている。

バックリングスプリング

バックリングスプリングは、ばねを押していく過程でばねが折れる(座屈する)ことを利用し、座屈することによりスイッチが入るようにするものである。

抵抗はスプリングが発生させるが、座屈すると力が逃げるため急激に抵抗を失う。 つまり、これによってクリック感を得ることができる。 また、座屈することとスイッチが入ることがリンクしているため、クリック感をそのまま「入力できた」という認識として扱うことができる。

スプリングが座屈することによって横に長くなり、つまりは軸の「壁を押す」ことになる。 ここで押されたことを感知できるスイッチと組み合わせることができる。 通常、それはメンブレンスイッチである。

つまり……

  • キーボードについて「スイッチ」と言っている人が気にしているものは、98%くらいはスイッチのことではない
  • スイッチがキーのタッチを決めていることはほとんどない。タッチを決めるのはアクチュエータのほうである
  • 静電容量センサーや光学式センサーは、そもそも押し下げている範囲の中に存在していない
  • 「メカニカルキーボード」などの呼称はほんとにスイッチに基づいているから、タッチに対するヒントには基本的になっていない
  • だから「静電容量無接点方式のキータッチ」などというものは存在しない
  • RealForce/HHKBの押し心地はあくまであの製品のものであり、スイッチによるものではない
  • 本当にタッチにこだわる人は、メカニカルアクチュエータが答えをくれる (無限の出費編)