富士通の小中学生向けPCが27万8000円、についての解説
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元の話
元の話は渋谷区が小中学生に「1人1台」を実現するためのPCとして富士通製のArrows Tabを導入し、その価格が278,000円ということで炎上している。
大まかな反応は次の通りだ
- ドンキPCを防水にした程度のシロモノだ
- メモリ4GBで27万円とかボッタクリだ
- 27万円あれば3D編集もバリバリできるパソコンが買える
- これは利権中抜きである
- 癒着だ
まず、言っておくが、 これらの発言はあまりにも無知がすぎ、恥ずかしくなるほどひどい 。
妥当かどうかはともかくとして、この発言が出てくるのはあまりにひどい。 どれくらいひどいかというと、「税金や社会保障の存在を知らないで給料額について語る」のと同じようなものだ、といえば分かるだろうか。
ベースモデルの話
ベースとなっているのはArrows Tab Q507/PE。 富士通製のx86_64プロセッサ搭載のWindowsタブレットである。
お値段はLTEモデルで約11万円。
さて、まず基本的な話として、「パソコンとタブレットだと部品が違う」という点を理解する必要がある。 一般的なラップトップはモジュール設計になっているが、タブレットの場合1枚のボードに全て実装されたものになっている。 当然ながら、使用する部品も違う。性能的にタブレットのほうが根本的に劣るのだが、それは要件がそもそも異なるので致し方ないことである。その点は、ラップトップよりもデスクトップのほうが高性能であるという話と変わらない。
これは、ラップトップで組み込み用のボードを使うタイプのものでも話はあまり変わらない。 そもそも、そのようなものは相当高い。例えばMacbookがそういう構造だ。 一方、タブレットと同じボードを載せるラップトップというのもなくはないが、こちらはあくまでタブレットベースである。
ラップトップのボードに積む実装タイプと比べてタブレット用のメモリーは大きなものがあまりないし、非常に高い。
国産モデルであり、富士通製が高い、というのはあるが、実はこれに関してはそうでもない。 ラップトップであれば国産品の半額から1/3程度の価格で売っていて、高性能なのに安いことで知られるLenovoであっても、Lenovo Tablet 10はCeleron N4000/4GB RAM/64GB eMMCという構成で90000円ほどと値段的にはこっちのほうが高い。(LTE非対応だから)
富士通の製品は確かに総じて高いのだが、それは相応に手間をかけているという面もある。
防水・防塵機能というのは想像するよりえらい面倒で、部品代よりも製造コストが相当上がってしまう。 しかも富士通は製造にコストをかけるほうである。国産で作っている、というのもそうだろう。 そういう見えないコストを一切考えないというのは馬鹿げている。
さらに、そもそも「一気に作って在庫を売りさばく」という形にするとものすごく安く上がるのだが、文教用では「足りませんでした」ということは許されないので、大量に余るように作るか、適宜増産するかということが必要になる。 コストを削減がそもそも制限されている状態にされている。
こうしたことを踏まえると、ベースモデルは「案外安い」である。 ただ安さだけを狙えばもっともっと安くできるだろうが、様々なことを勘案し、かかったコストを想像するとライバルと比べても遜色ない価格に仕上げているのは「相当がんばったな」という印象になる。
ちなみに、中華タブレットと国産タブレットだと、扱いに対して知識のある私が使っても壊してしまうまでの期間には雲泥の差がある。スペックには出ない最大の違いと言ってもいい。Arrowsは堅牢さをウリにしているのでなおさらだろう。
カスタマイズ部分の話
皆気づいていないようだが、プロセッサがAtomからCeleronに変わっている。 Atomプロセッサはモデル的に古く、既に製造されていない。使用されているCeleronプロセッサはより新しい。
前述したように、タブレットのハードウェアはプロセッサだけ変えるみたいなことができるものではなく、そのためのボードをIntelから供給してもらわなくてはならない。 そして、これがまた高い。
つまり、このために富士通は新規にボードを調達し、そのボードを使用するための工場ラインを立ち上げる、ということが必要になったわけである。 この時点で莫大なコストがかかったことは容易に想像できる。
また、MS Officeが載っている。これまたなかなか高い。 他にもアンチウィルスソフトが入っている。良いかどうかはともかくこれもコストはかなりかかる。
これに加えて、意図しない利用を防ぐための専用のプログラムが入っている。 この開発費が必要だ。
なお、一般にはあまり理解されないかもしれないが、この手の開発費は普通、何千万円という単位である。 安く上げれば数百万で済むが、あまり手が抜けるものではないだろうから、そんなに安くないだろう。
インフラ部分の話
スタディサプリのコストを含めて論じている記事があるようだが、スタディサプリはリクルートが展開しているサービスであり、仮に278,000円というのがArrows Tabだけの値段であるならば(スタディサプリの予算は別枠ならば)これは意味がない。
だがまぁ、恐らく全体予算から「一台あたり」の話だろうから、そうなるとスタディサプリの月額9000円(3年間で324,000円)や、LTE通信費の3年間で約252,000円を含んでいるという話になり、こうなってくると 猛烈に安い 。 お忘れかもしれないが、 この価格は3年リース費である 。
さすがにここは別枠でも驚かない、というかむしろそれが妥当だと思う。 含んでいたらどこかの取引が超ブラックなことになっている。
さらに、サポートまでついている。 サポートは高いのだ。ほんと高いのだ。 そして、一般の人が「高すぎだろ」と思うような価格にしたところで、働く人はブラックになるくらいコストがかかるのだ。
「家にWi-Fiがない家庭だけLTEにすればよかったのでは」という言説もあるようだが、これはどう考えてもおかしい。 まず分離するコストがかかるし、調査するコストもかかるし、状況変化による切り替えコストもかかるし、「Wi-Fiがあるという理由で家庭負担になる」という不公平も生じるし、「家にWi-Fiがない子だけ外で利用するという選択肢が生まれる」という不公平も生じる。 こうした問題の解決を考えるのは、単にLTEに統一すればいいだけだから相当馬鹿げている。個人で自分のために買うわけではないのだから。
壊すという話
3年間のリースであり、貸与されるのは 小中学生である 。
小中学生なんてカジュアルに壊すヤツがいっぱいいる。
だいたい、リースで壊しても自分に痛みがないとなったら、より大事にしないからよりカジュアルに壊す。 これは子供でなくてもだ。
そんなの安くできるはずもない。
その他の部分と否定的要素
タブレットにする必要があったかどうか、という点はなくはないのだが、 これについても「ICTを活用して学習効果を上げよう」というお題目だから、コンピュータ的なスキルを重視したラップトップよりはタブレットだな、というようには思う。
そもそも、 これは「学習機材」であって、コンピュータとして使うことは著しく制限されているわけで、 どう考えても性能は必要ない。 だからコンピュータの性能に対してどうこう言うのはあらゆる意味で馬鹿げている。
コンピュータとしての利用は、あくまでも「触る」という意図であり、積極的に活用するという主旨ですらない。 ここを踏まえて考えると総じて妥当に思えてくる。 これをまとめて提供できるSIerが必要になるし、まとめて提供してもらわないと現場が死ぬ。
そこを考えるとスタディサプリとかはむしろ必須であり、新規に作ったりせずに活用したという意味でむしろ良い。 もちろん、個別サービスとして「なぜリクルートのスタディサプリなのか」というところはあるだろうけども、それは単純な良し悪しの話にならない。
サポートであることもそうだろう。
おわりに
事業というのは様々なところでコストがかかり、その中で利益を出していかなければいけない。
これが「税金や社会保障の存在を知らないで給料額について語る」と表現した理由だ。 見えないコストのことはわからないから考えない、というのであればそのことについて口を開くべきでないのは明らかだろう。
それだけではない。不当にコストを下げればブラックな取引になるし、苦しむ人がいる。 大量に扱う場合は大量に扱うための効率化が必要になる。 料理をひとり分作る手順で何万食も作れないのと同じこと。会社の業務をひとりで賄えないのと同じこと、 規模が大きくなれば同じ手法は取れなくなる。
こうしたことをまるで考えずに大声で叩こうというのはいくらなんでも愚かしい。
妥当かどうかについては全く異なる視点での検証が必要になるが、そんなパッと見にわかるような話ではなく、今出ている情報から判断できるようなことでもないので、わかりやすく誰もが意見できるような話にはならない。 実際、経営経験のある私でも私見を述べることはできても正しく評価し、論じることはできないだろう。 (もしそれができるならば、私は大企業の社長が務まるわけだから)
だから、妥当かどうかについては述べない。 そもそも、(統合的なサービスとして見たときに)どんな選択肢がありうるかということに対する知識がないが、それについて今調べて検証して、経営をシミュレーションしようという気にはならないので述べない。