兵庫県警、無害なジョークプログラムを紹介した人々を逮捕
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どんなこと
兵庫県警は13歳の少女をはじめダイアログループの書かれたウェブサイトへのリンクを掲載した数名を逮捕した。
本質的には一行のコードである。
for (;;) { alert() }
ちなみに次のようにも書ける。
while (1) { alert() }
これがそもそもどの程度の話か…というと、 正直、「ほんのいたずら」というか、もはや、「いたずら」ですらなく、「悪ふざけ」のレベルである。
実害は全くなく、昔はすごくよくあった。 で、結局そのためにアラートが出ている状態でも閉じられるようになった。
だから、対策として
- アラートが出ているからといって閉じられなくなるわけではない
- タブを閉じることも、ウィンドウを閉じることもできる
- 「このサイトで再度ダイアログをを表示しない」というオプションもダイアログに併記されるので、これを使えばダイアログを表示させずページを表示しつづけることもできる
とどうとでもなることで、なにか困ることがあるわけでもない。 GoogleのMariko Kosakaさんによれば
危ないかと聞かれれば、アラートの無限ループはデバイスを壊すわけではなく、個人情報を盗むわけでも無いです。ブラウザはアラートを消す・ページから去る方法を提供していますし、安全を担保するためにsandboxという概念(子供が砂場を荒らしても砂場内だけで、外には害が及ばない)を採用しています。
警察の環境は20年前の化石?
このようにダイアログループを抑制できるようになったのはNetscape Navigator 4からで、20年前のシロモノである。
それを「閉じられなくなった」「コンピュータの利用に支障をきたした」というのなら、兵庫県警サイバー課なるところは、20年以上前の機材を使っていて、かつそれ以降の知識はまるでアップデートもされておらず、そんな人たちが取り締まっている、ということになる。
これがどれだけヤバイことかは、1999年がどんな時代だったかを知ればわかる。
- 最新のOSはWindows 98SE
- 携帯電話にはまだカメラがついていない
- 携帯電話はまだパカパカ(シェルクラム型)が主流になるより前
- 携帯電話でのメールは有料で、同じキャリアとしかやりとりできないのが普通。 それも、「カタカナで20文字まで」だったりする
- インターネットは電話線を使って「中継局に電話をかける」アナログモデム式。速度は56kbps (今の1/1000)
- コンピュータで動画、は技術的には存在するものの実用性に乏しいもの
- DVDは登場したばかり。 LDは一般的(家庭にはあまりない)
- 音楽はCDまたはMD。主流はカセットテープ
- Skypeも登場前で「インターネット無料通話」というものはない。 そもそもインターネット接続は電話代とISP利用料金の従量制でかなり高く、インターネットで通話できるからといって「無料」という感覚は全くない
この時代の頭で「犯罪」だの「悪質」だの言っちゃうわけだ。
日本が全世界の笑いものに
これはよく使われる煽りとかではなくて、本当に 既に 笑いものになっている。
例えばJavaScriptの産みの親であるBrandan Eichさんのツイート でも、「Netscape 4でJavaScriptのループを止められるようにしたぜ」ということを言っている。
Brandan Eichさんは笑っているというよりは怒っている感じだ。 JavaScript生みの親として意見する用意があると言ったとか。
ZDNetでは「Coinhiveを埋め込んだことで人を監獄送りにしたはじめての国」と日本を紹介している。
GoogleのMariko Kosakaさんは大したことではなく、ひどい話である旨発言している。 ちなみに、同氏は
腑に落ちないので何度も言いますけど、
for(;;){window.alert('lol')}
が「不正指令電磁的記録に関する罪」ですよ(しかも今回は作成が問われたんじゃなくて共用が問われてる)。 誰が不正指令電磁的記録か判断してるの?書類送検受けた検察はどんな取調べするの?
「不正指令電磁的記録供用未遂」だって。sanspo.com/geino/news/201… そうだろうと思ってたけどやっぱり刑法168条の2だ「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」っていう拡大解釈が大変懸念されるアレ。
といった発言をしている。 繰り返すが、これは Googleの中の人である 。
このあたりのBrandan Eichさんと、Mariko Kosakaさんの発言はIT Mediaに記事としてまとめられている。
もちろん、世界中からというだけでなく、世間的にも笑いものになっている。
これに対して電凸した人もいるようだが、
日本から子供を消すのか?
「補導」というとやわらかく聞こえるかもしれないが、13歳だから補導なだけで、実質的には逮捕である。
今回の場合、実害がなく、些細な悪ふざけにすぎない。 しかも、本人がやったのではなく、やっている場所を指し示しただけだ。
これと同等のことをした人が逮捕されるのだとしたら、ピンポンダッシュをした子も、落書きをした子も、「ひじって10回言ってみて」と言った子も、みんな逮捕である。 だいたい、ノリとしても被害としてもこれらと同等であり、内容的にも近似している。
この程度の悪ふざけを逮捕すべき事柄だとするのであれば、多分日本から子供はいなくなるだろう。 こうして学習や社会から学ぶ機会を奪われた子供は社会的に生きる能力を持たないし、多くの場合この程度で投獄するのだから、子供は皆投獄されるという話になる。
前提として、法律というのは 恣意的に運用してはならない という前提がある。 もし同じ罪を犯せば その全てが必ず裁かれねばならない のだ。
もし、これと同等の事が重大なる罪であるというのであれば、そのようなことをした人は全て逮捕されるということになる。 子供のいたずらは言うに及ばず、日本でプログラマになれるのは好奇心によって色々試したことのある者ではなく(そのような者の行動は必ず逮捕される)、職業訓練によって言われたものを言われたままに書くことだけを覚えた者だけだということになる。
子供がいなくなることを含めて、確実に日本という国の終わりである。
一方、もし「同じこと、あるいは同等のことであっても全て逮捕されるわけではない」とする(恣意的な運用を行う)ならば、「都合の悪い相手、気に入らない相手、虐げたい相手を投獄する」という、今で言うと北朝鮮よりもさらに悪い国家統治を行っているということになる。 というより、私は過去をみても世界中でこれよりひどい運用を行った法治国家というものを知らない。 そして、実際はこちらであると感じている。法治国家として、 決してやってはならないこと なのにだ。
Coinhive事件から連なる邪悪な行動
そもそもこの話は直接関係ないように思われてしまうが、
- 「不正指令電磁的記録に関する罪」の創設
- Coinhiveでの逮捕
と深く絡んだ事件である。
「不正指令電磁的記録に関する罪」は「ウィルス作成罪」などと呼ばれたが、「プログラムにバグがあるだけで捕まる」「プログラムを習得しようとするとどうしたって捕まる」「プログラムについて言及するだけで捕まる」などと非難が相次いだ。
これは大喜利的悪ふざけではなく、事実全てのプログラムに関わる人と、プログラムに言及する話題が犯罪要件を構成してしまうものだった。 それに対して「慎重に運用するので言われているような懸念は的外れだ」などと返してきたのだが、そもそも「普通に社会生活を営んでいる人が必然的に犯罪要件を構成するような法律に問題がある」という指摘は無視された。
その上でのCoinhive事件であった。 この事件については以前にChienomiで触れたが、これがまさに「悪質かどうか、内容がなんであるかに関係なく当該法律を拡大解釈して逮捕した」という実例だった。
これは世間的にも受け止め方は微妙だった。 というのは、悪質な広告同様に、Coinhive自体は肯定的には考えにくいものであったこと、また他者のリソースを裏でこっそり使って小遣い稼ぎをしようという思考に抵抗があったことから、「逮捕すべきかどうか」ということと混同してしまう事態を生じたからだ。
結果的に、そのような誘導があって「不正指令電磁的記録に関する罪の拡大解釈と恣意的運用」がまかり通ってしまった。 そして、さらなる拡大解釈と恣意的運用がなされた結果、今回の事件となったわけだ。
また、実際にその恣意性でいえば、今回のケースでいえば「不正なサイトへのリンクを貼れば罪になる」という話なのだが、 私はウィルスへのリンクを貼っているメールや、詐欺サイトへのフィッシングリンクを含むメールなどはとても積極的に通報する方針でやっているのだが、 対応されたことは一度もない 。
「捕まえやすく、抵抗しづらい相手を逮捕する」ということをしているわけで、純粋な弱いものいじめ、そして陵辱である。
ちなみに、兵庫県警のウェブサイトはGoogleアナリティクスが埋め込まれており、これは訪問者にとっては不可視だから、まさに「利用者にとって意図しない動作をするスクリプト」なのだが、これが話題になってからこっそりと削除するという対応をした。
漉さんの発言は大変良いと思う。
sudoの注意書きこそ、今、兵庫県警をはじめとした捜査機関と、広く報道すらメディアの人に読んで理解してもらいたい。
・他者のプライバシーを尊重する
・行動する前に考える
・大いなる権限には大いなる責任が伴う
検証不可能性重視 = 「悪事を働く恣意がある」
昔から、というかそもそも法律を定めた時点から、日本の司法は密室で行われ、その検証を許さないという傾向にある。 実際、公判によって公開されているように見えても、実際は予め打ち合わせされた通りに進行しており、その打ち合わせは非公開。ただのセレモニーである。
そして、その検証や公開は罪になる。
だが、言うまでもなく、「なにをしたかということを人目に晒せば罪になる」というのは、要は「人目については困る」「暴かれては困る」わけで、最初からやましいことをする気でいるということである。
今回も逮捕の対象になったものが何であるかということを確認することが「危険であり、また犯罪になる可能性がある」と注意喚起したことで「全く問題のないものを拡大解釈によって逮捕した」という事実を隠そうとしたわけだし、実際そのように「検証を求めて提示することで逮捕される」という状況を作り出したことで、「実際に自分で踏んで確認すべきだ」と主著ぅした高木浩光さん1でさえもそのアドレスの掲載は控えた。
もちろん、その内容に害はなく、ZDNetをはじめ海外のメディアは遠慮なくそのコードやアドレスを掲載していることから、実際に警察が強権を振り回すことで人々が萎縮し、検証の目が働かない事態になっていることが明らかである。
そもそも、外部の目や意見に左右されることなく他者を害することができる力というのは明らかにバランス悪く過剰なものである。 大きな力であればこそNoと言われれば行使できないものでなければならず、日本という国はこれまでも潜在的には人を虐げうる国として成り立ってきたが、それが顕在化する傾向が非常に強まっていると言えるだろう。
セキュリティ専門家。産業技術総合研究所情報セキュリティ研究センター主任研究員。↩︎