「ZshからRubyにしたら速くなる」 その理由とテクニック
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序
現在取り組んでいるプロジェクトで、パフォーマンスチューニングの一環として当初Zshで書かれていたスクリプトをRubyで書き直すことによって、60倍程度の高速化を実現した。 もちろん、単純に書き換えただけではなく、可能な限りfork/execをしないようにしたり、コストがかかる処理を最小にするなどの工夫を伴って手に入れた結果だが、「ZshでしていたことをRubyに書き換えた」だけでも相当な効果があった。
このパフォーマンスチューニングは単にプログラムを書くだけの人には生まれにくい発想である。 Unix、そしてLinuxのシステムや、プログラミング言語処理系に関する知識がないと考えられない要素が多いのだ。
そこで、この話を解説する。
「ZshよりRubyが速い」そのわけ
根本的な話として、Zshはそもそも遅い処理系だ。 「Zshが遅い」という話はZshのメーリングリストでもちらほら話をされる。 別にBashと比べて遅いということではないのだが(Bashもまた非常に遅い処理系だからだ)、状況によっては速度が問題になる程度に遅い。
Rubyも相当に遅い処理系であると言われていたし、実際かなり遅かったのは事実だ。 それでもZshに比べれば随分早かったのだが。
だが、それ以降、Rubyは高速化に取り組み続けている。対して、Zshはあまり高速化には取り組んでいない。だから、差が開いている。
しかし、理由がそれだけというわけではない。
Zshは純粋なインタープリタである。対して、Rubyはスクリプト言語ではあるがバイトコードインタプリタ型である。 この違いは、syntax errorが起きるタイミングが、Rubyがスクリプトを実行しようとしたタイミングであるのに対し、Zshはその行に到達したときであることからもわかる。
インタープリタ型であれコンパイラ型であれ、ソースコードを機械語に変換しなければならない、という点は変わらない。 その違いは方法とタイミングである。
インタープリタ型言語の場合、「1行ずつ(1コマンドずつ)変換する」のである。 その変換方法はもちろん処理系によって異なるのだが、Zshの場合、complex commandでも複数の文をまとめて変換することはしないし、ループによって繰り返される場合でも一度変換したものを使いまわしたりはしない。
対してRubyは、最初にコード全体を構文木に変換する。 RUby 1.8までは構文木インタープリタによってこれを実行していたが、Ruby 1.9以降はこれをさらにバイトコードに変換し、バイトコードインタープリタ(VM)によって実行するようになった。 バイトコードはRuby専用の機械語のようなもので、VMによって非常に小さなコストで実行できる。 Ruby 2.6からはJITコンパイラも追加され、部分的にCコードを生成し、これをネイティブコンパイラ(例えばgcc)によってバイナリコードに変換する(こともできる)。
これで1行だけのようなコードだとあまり差は出ないし、Zshでは1行だけどRubyでは何十行という可能性もあるので、このようなケースではRuby有利というわけではなくなる。 だが、ループで何度も同じコードを実行するような場合には非常に大きな差になってくる。 今回の場合、テスト段階で500回のループであったことから、大きな差になったということである。 だからループ回数が増えると倍率的にも速度差はさらに開く。
fork/execとコンパイルにかかる時間
Unix関連に少し知識がある人であれば、「forkはコストが重く遅い」というのを聞いたことがあると思う。
だが、この認識にはちょっと注意が必要だ。
というのも、C言語の速度から見た時に「forkする時間があればどれだけ実行できるか」という点を考えるとsystem
で外部コマンドを呼び出すとそこだけ局所的に時間がかかる、という状況が発生する。
だが、実際にはfork(2)
しても1000分の数秒にすぎない。
どちらかといえばそれよりもexec(2)
のほうが重いのだが、それでもせいぜい100分の1秒程度だ。
だから、C言語で書いている場合ですらそれなりに長くなる場合はむしろ実行コストを省略できてコマンドを呼び出すほうが速かったりする。
昔のUnixではfork(2)
はもっともっと遅かった。
現在のLinuxにおいてfork(2)
が速くなったのはコピーオンライト形式であることの恩恵が大きい。
古典的なUnixではfork(2)
は呼び出した時点でプロセスのメモリをコピーしていた。直後にexec(2)
する場合はコピーしたメモリの内容は全く使わないのでかなりの無駄だ。
ところが、現在のLinuxにおいてはfork(2)
によってメモリはコピーされない。共有されるのである。
そしてforkされたプロセスが共有されているメモリに対して書き込みを行った時に別に領域を確保してそれを変更する仕組みだ。
結果的にfork自体は一瞬に近くなっている。
そして、もうひとつ重要なのが「コンパイル時間」だ。 Rubyは起動時に対象スクリプトの変換を行う。 だが、この変換コストは速くなるに従って増加している。以前は構文木に変換するだけだったのが、1.9からはさらにバイトコードに変換する時間が必要になったし、2.6でJITを使うとさらにCコードを生成してそれをコンパイルする時間まで必要になっている。 つまり、Rubyはだんだん「実行は速くなっているが、実行に着手するまでは時間がかかるようになっている」のである。
これは、例えばecho
であれば
% time /bin/echo > /dev/null
/bin/echo > /dev/null 0.00s user 0.00s system 79% cpu 0.001 total
ということになるのだが、Rubyだと空っぽに近くても
% time ruby -e 'nil'
ruby -e 'nil' 0.04s user 0.02s system 59% cpu 0.089 total
結構時間がかかる。 つまり、一瞬で実行が終わるRubyスクリプトを何度も何度も繰り返して呼び出すと、トータルではかなり時間がかかるわけだ。 もともとのスクリプトは本体はRubyで、呼び出しがZshだったので、20並列で各500回、Rubyによるコンパイルがかかっていた。だから、かなりの時間がかかっていたのだ。
だが、「Linuxのforkはメモリが共有され、ほとんど一瞬で終わる」という点を利用すると改善の余地がある。 それは、実行可能なRubyスクリプトをライブラリ化する、という方法だ。
ZshからRubyを呼び出す場合、どうしてもRubyを呼び出すたびにRubyによるコンパイルをかけざるをえない。 当初は10000回コンパイルされていたのだが、500回のループをZshではなくRubyで行うようにすれば20回で済むようになる。だが、それでも20回のコンパイルが必要だ。
しかし、呼び出すスクリプト自体をRubyに変えてしまえば、実行しようとするスクリプトをライブラリとしてロードするという方法がとれるようになる。 ライブラリとしてロードすると、そのコンパイルは呼び出し元スクリプトをロードしたときに行われる。 もちろん、呼び出しの目的は呼び出すだけであり、直接そのライブラリの機能を使うわけではない。だが、この状態からforkすると、「コンパイル済みコードがメモリ上にあるRubyプロセス」が出来上がる。
この時点でスクリプトを実行する方法は「メソッドを呼び出す」(あるいは、その機能を果たすオブジェクトを作ってメソッドを呼び出す)だけである。
繰り返し呼び出すループを書くのも、単にRubyのループを書いて、そこで繰り返しメソッドを呼び出すなりオブジェクトを作るなりすれば良い。
呼び出し元スクリプト側では並列分だけforkしたあと、Process.waitall
でもしていればいいわけだ。
これはZshに対して、「Rubyスクリプトのコンパイルが1度だけでいい」「execする必要がない」というメリットをもたらしている。 どちらも結構コストの高い処理であるから、繰り返し実行する場合は非常に大きなコストになり速度を低下させる。「処理自体は軽いのだが果てしなくループする」タイプのスクリプトに対してこの方法は本当に効く。 なぜならば、そのようなスクリプトに対してはコストの高い呼び出しをしているとコストのほとんどは呼び出しで占められ、実行コストは小さいためにスクリプト自体を高速化しようとがんばったところでほとんど無意味だし、逆に呼び出しコストを軽くすると劇的に速くなるからだ。