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「変わってしまった」Telegramはこれからも信頼できるか?

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私が気づいたのは、新しい電話番号の取得に合わせて、新しいTelegramアカウントを取得したときだった。

従来、Telegramは電話番号だけでアカウントが成立していた。 ところが、新しいアカウントの登録ではeメールの登録も必須とされた。 両方で認証コードを求められ、つまりメールと電話番号で2回認証コードを入力する方式である。

これらは特に2FAによって求められているというわけではない。 新たにメールアドレスの登録を義務付けただけである。

非常に不自然な要求とUIであり、調べてみたところ、2024年8月にドゥーロフが逮捕されたことから多くの変更がなされ、その一環であることがわかった。 また、今のところ新規登録や再ログイン時に要求されており、該当しない既存ユーザーにはeメールという項目自体が隠されているようだ。

推測と問題

ドゥーロフはTelegramに対する言いがかりで逮捕されて早期に釈放されており、かつそれ以降様々な変化があったことを考えると、何らかの取引(というか確約)がなされたものと考えて間違いないだろう。

国家が求めるのはいつの世も、個人と活動情報の追跡と監視、つまりはあなたの端末にスパイを送り込むことである。 暗号の世界では、だからこそ無差別であることが何より求められている。 悪用する人がいたとしても、悪用する人をも守らなければ国からは守れないのだと。

Telegramはそのバランスの良さが魅力だった。 セキュリティとプライバシーを至上とするアプリはやはり相応に使いづらく、制約もある。 Telegramは優れた使い勝手と機能性、高いメッセージ品質、プライバシーを両立する手段などから、メインで使うメッセンジャーとして優秀なアプリであったのだ。

だが、結果的にはそれが仇となった。 またしても、プライバシーは不完全であることがゼロを意味するということが証明される結果となったわけだ。 あるいは、より安全な、プライバシーを尊重できる国にとどまらなかったことがそのような結果を招いたのかもしれない。

実際にどのような経緯によって、Telegramの変更が生じたのかということは明らかにされていない。 そのため、今後どのような影響が生じてくるのか、どう変わるのかは不明である。 ただ確かに言えるのは、一度権力に屈したメッセージングアプリは、決して安全ではないということだ。

そして、その「危険性」は不明なものなのである。 だから評価できない。 知らないうちに悪事を働かれるのが嫌なら今のうちに離れるべきだし、少なくとも現状アプリが怪しげな諜報活動や個人情報の送信をしている形跡がないことを以て使い続けるのもまた判断のうちだ。

絶望的な代替可能性

Telegramのアプリは非常にクオリティが高い。 実際のところ、どの点を切り取ってもTelegram並に要求を満たすことはできないのが現状だ。

単純なメッセージング品質という観点で見た場合、候補はLINE, Skype, Discordといったものになり、Telegramよりも安全な、もしくは自由なプラットフォームという選択肢は出てこない。

メッセージング機能だけを考えるのであれば私は他にも色々使っているが、Session, Threema., Wire, MEGAのいずれを考えてもTelegramとはかなり大きな差があり、妥協と呼ぶにしてもかなり厳しいものになる。 選択肢がないわけではないが、「プライバシーのためなら引き換えられる」という強い意志がないとかなり難しい。

メッセージングアプリを使っていく上で、やりとりする相手に同一プラットフォームを選択させるというハードルはクリアできるものとしても、メッセージのやりとり、リアクション、通話といった基本機能にストレスがあるというのは、実際結構厳しいものだ。 といっても、このような機能の限られるSessionであっても意外とやれるものでもあるのだけど、それはそもそもSessionでやりとりするような相手はやりとりの密度と継続度合いが低いからという面が大きい。「アルバムがない」「過去のメッセージを辿れない」といった問題は、長くやりとりを続ける相手であればこそ表面化しやすい。

仮に自分がそのストレスを甘受できるとしても、このような不自由は相手に使ってもらうという意味でも厳しい。 例えば相手がLINEユーザーだとして、LINEに近い機能性である、さらに言えばLINEよりも使いやすいという印象は「まぁ、いいよ」と受け入れてもらう力になるが、これが使いにくい、劣っているという印象であるとLINEに対して強い忌避感を持っていない人にとっては「LINEでいいじゃん」になってしまうものだ。

Bot部分で言うと、Telegramのbot機能はあまりにも優れていて、相当いろんなアプリのフロントを実装するよりTelegramのAPIを使ったほうが機能的まである。 このため、専用のWebアプリを実装するような方法と比較してすら相当なアドバンテージを持っていて、Telegramのbot機能を使っている場合代替できるものは本当にない。

通知機能を考えた場合、通知自体はTelegramのbot機能の本当に一部を使う形で、簡単なwebhookなどもない分Telegramに特にアドバンデージのない部分である。 これらはMattermostやDiscord, あるいはLINEなども含めて幅広く代替可能な部分ではある、のだが、同等の機能を他の「安全な」メッセンジャーでやろうとするとかなりきつい。Signal, Threema., WireなどはCLIツールを使えば実現できないこともないが、「できないこともない」のレベルに留まる。Fediverseアプリの通知を頼ってFediverseアカウントにDMするほうがまだマシ。

このようにどの角度を切り取っても「Telegramを何かで替える」というのはあまり現実的ではない話であり、「Telegramはもうダメだ」という言い方をすると非常に厳しい。 なので、現実的には(Telegramに腐敗の可能性があっても使い続けるか、従来の便利な世界が失われたことかの)どちらかを受け入れるしかないという感じである。

使い続けるために納得させる言い訳として、「LINEよりは良い」を使うしかないかもしれない。

将来性の評価

前提として、プライバシーの問題は完全か否かであり、穴はあるが安全という理屈は存在しないということを頭に入れておいて欲しい。 基本的に本節の内容は詭弁である。

パーヴェル・ドゥーロフという人物についてだが、もともとソビエト連邦生まれで、ロシアでVKを作った人物である。 だが、Telegramがロシアとの関連性を疑う必要のない部分として、その経歴が挙げられる。

ドゥーロフはVKを起業したが、ロシア政府の要求を蹴り、警察との対立を演じた。 その後もVKは政府の圧力にさらされたが要求を蹴り続け、最終的にドゥーロフはVKを追われ、これに伴ってロシアを去り、セントクリストファー・ネービス連邦の国籍を取得した。

人口5万人の小さな国の国籍を持っていることが彼の所在を明らかにしていることにはならないだろう。 今回はフランスで逮捕されたわけだが、フランスにいたということを含めて謎めいているのは、彼が国家、その他によって「狙われる立場である」という前提があるように思う。

Telegramを運営するTelegram LLPを含めその運営体制は割とヴェールに包まれており、その本拠地もイギリスだったりドイツだったりUAEだったりと情報がまちまち。 そして、Telegramの公式サイトには言及がない。

おそらくは意図的に秘匿しているのだが、対国家権力になりやすいメッセンジャーの運営としては間違っていないやり方である。

これを踏まえると、彼はそう簡単に屈するとは考えにくい背景を持っている。 相応の戦いの歴史を持っている人物だからだ。

また、Telegramは広くその社会的意義について支持を受けており、それは報道機関も含まれる。 国家はTelegramに対する検閲を行うなど基本的に快く思っていないが、特に情勢不安定な地域では人々にとって必要不可欠な存在となっている。

フランスも政治不安の只中にあるため、不安材料消しと、功績のために狙い撃ちされた可能性もあるが、不安定な情勢下でその環境の人々に求められやすいTelegramへの攻撃は市民の反感を買い、失敗する可能性はいくらか高いだろう。

実際の問題は冒頭述べた通りなのだが、自身を安心させる材料を探すことは、できるかもしれない。